← JapanLore

寺 / 仏様 / 如来

釈迦牟尼如来とはどんな仏様か

May 15, 2026

A wooden seated statue of Shakyamuni Buddha in the earth-touching mudra inside a quiet Zen temple hall

横浜の鶴見、住宅街の奥にひろがる広い境内。長い回廊と、深い森と、たくさんの僧の姿。

そこは、曹洞宗の大本山・**總持寺(そうじじ)**です。

その本堂の正面、静かな光のなかに祀られているのが、**釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)**の木造坐像です。

仏教の出発点に立つ仏様であり、禅宗のお寺では本尊として中心に置かれる存在。日本中で、もっとも「お寺の中心にいる仏様」のひとりです。

どんな仏様か

釈迦牟尼如来は、如来の階層に属する仏様です。

「釈迦牟尼(しゃかむに)」は、紀元前 5 〜 6 世紀ごろのインドに実在したとされる人物——ゴータマ・シッダールタ——のことを指しています。釈迦族の王子として生まれ、29 歳で出家し、35 歳で覚りを開いて「ブッダ(目覚めた人)」と呼ばれるようになりました。

「釈迦牟尼」は、「釈迦族の聖者」という意味のサンスクリット語(シャーキャムニ)の音訳です。日本語ではしばしば「お釈迦様」と呼ばれます。

「釈迦如来」と書かれている場合も、同じ仏様を指します。

物語の出発点

仏教のすべての物語は、釈迦牟尼から始まります。

ルンビニの花の下で生まれ、王宮の中で何不自由なく育ったゴータマは、ある日、街で老人、病人、死者、修行者の姿を見て深く動揺します。「この苦しみから人は逃れられないのか」という問いを抱え、家族と王位を捨てて出家したと伝えられます。

長い苦行のあと、菩提樹の下で瞑想に入り、覚りを開きました。

その後 45 年間、各地で教えを説き、80 歳で亡くなった——というのが、伝統的に伝えられている釈迦の生涯です。

釈迦牟尼如来の姿

釈迦牟尼如来の像は、いくつかの代表的な姿で表現されます。

  • 坐像(ざぞう) — 瞑想する姿。禅宗のお寺で最もよく見られる
  • 立像(りつぞう) — 説法する姿、または涅槃に向かう姿
  • 誕生仏(たんじょうぶつ) — 生まれたばかりの釈迦が天と地を指している小さな立像

像の特徴は、装飾が少なく簡素なこと。覚りを開いた後の姿として、王宮の衣装ではなく、薄い衣(袈裟・けさ)を身につけた姿で描かれます。

手の形(印相)にはいくつかあります:

  • 禅定印(ぜんじょういん) — 両手を膝の上で重ねる、瞑想の印
  • 説法印(せっぽういん) — 指で輪を作る、教えを説く印
  • 施無畏印・与願印(せむいいん・よがんいん) — 右手を上げ、左手を下げる、恐れを取り除き願いを叶える印
  • 降魔印(ごうまいん) — 右手を膝の前で地面に向け、覚りを証明する印

總持寺の本尊は、瞑想する坐像として、禅の伝統そのものを表しています。

宗派との関係

釈迦牟尼如来を本尊とする主な宗派:

  • 禅宗(曹洞宗・臨済宗)— 修行と日常を一致させる伝統。釈迦の坐禅そのものに帰る
  • 日蓮宗 — 法華経を釈迦の本意とする伝統
  • 律宗 — 戒律を中心とする伝統

そのほか、すべての宗派が釈迦を「仏教の開祖」として尊重しています。だからこそ、宗派を問わず、お寺の本尊に釈迦如来が選ばれる例は数多くあります。

なお、浄土宗・浄土真宗の本尊は阿弥陀如来、真言宗の本尊は大日如来、というように、宗派によって本尊が変わる点は、お寺を巡るときに覚えておくと景色の見え方が変わります。

お寺での出会い方

釈迦牟尼如来に出会える代表的なお寺:

  • 總持寺(神奈川・横浜)— 曹洞宗大本山。木造の坐像が本堂中央に静かに祀られている
  • 永平寺(福井)— 同じく曹洞宗大本山。山深い禅道場
  • 建長寺・円覚寺(鎌倉)— 臨済宗の大寺
  • 鎌倉大仏(高徳院)— 阿弥陀如来とされることが多いが、釈迦如来と伝える説もある
  • 法隆寺(奈良)— 釈迦三尊像(飛鳥時代)
  • 広隆寺(京都)— 弥勒のほか、釈迦像も

特に總持寺は、東京から電車で 30 分ほどでアクセスでき、観光地化されすぎていない大本山として、静かに釈迦如来と向き合える場所です。

参拝の作法は、神社とお寺で少し違います。お寺では拍手は打たず、合掌したまま頭を下げます。神社のふるまいについては 神社の参り方 も合わせて読めます。

おわりに

釈迦牟尼如来は、仏教のすべての出発点に立つ仏様です。

派手な装飾もなく、特別な持物もなく、ただ静かに坐っているその姿に、覚りそのものが宿っているとされてきました。

總持寺の坐像の前に立つとき、その静けさが、何千年も前にインドの菩提樹の下で起こったとされる出来事と、地続きでつながっている——そう思って手を合わせると、本堂の奥の景色が、すこし違って見えてくるかもしれません。