道の辻に立つ古い石、旅の安全を祈る神社、新しい場所に向かう前に立ち寄りたくなる場所——そういうところに祀られていることが多いのが、サルタヒコ(猿田彦命)です。
道案内の神様、として知られています。古事記の中では、天から降りてきたニニギ一行を地上で迎えた神様として登場します。
姿は少し異形で、目は赤く光り、鼻は長い、と描かれています。それでも怖い神様としてではなく、導く側の神様として、長く親しまれてきました。
どんな神様か
サルタヒコは、男神として描かれる神様です。
司るとされてきたのは、道案内、旅の安全、新しい始まり、そして境界に立つこと。道の真ん中、村の入口、橋のたもと——人が通過する場所に祀られることが多い神様です。
地上の側の神様(国津神)として、天から降りてくる神々を迎える役を担いました。
古事記の中での登場
ニニギ一行が天から地上に降りようとしたとき、道の真ん中に、見慣れない神様が立っていました。
体が大きく、口と尻のあたりが光り、目は赤く照り、鼻は長い——古事記はそういう姿で記しています。
ニニギ一行は驚き、近づくのをためらいます。
そこで、岩戸の場面で踊ったアメノウズメが前に進み出ます。アメノウズメは胸をはだけ、堂々と「あなたは誰か」と尋ねます。
サルタヒコは答えます。「天つ神の子が降りてくると聞いて、地上で道案内をするために、ここに来ました」。
立ちふさがっていたのではなく、迎えに来ていた神様だったのです。
そして、サルタヒコの案内で、ニニギ一行は無事に高千穂の地に降りることになります。
サルタヒコとアメノウズメ
物語にはもう一段、続きがあります。
地上に降りる役目を果たしたあと、サルタヒコは故郷の伊勢の方へ戻ります。アメノウズメは、サルタヒコを送り届ける役を任され、彼を伊勢まで案内します。
その後、ふたりは結ばれた、と伝えられています。
岩戸の場面でアマテラスを誘い出した、表に出ていく明るさを持つアメノウズメ。地上の側で、道の真ん中に立ち続けるサルタヒコ。性格の違うふたりが結ばれる、という結びの場面が、サルタヒコの物語をやわらかくしています。
なお日本書紀の方では、サルタヒコの最期について別の異伝が記されています。海で漁をしている最中に貝に手を挟まれて命を落とした、という話です。これが古事記には記されていません。ふたつの書物の違いが、この神様にもあります。
物語から読める人柄
サルタヒコの人柄として、物語の中に残されているのは、こんな姿です。
- 見た目は異形だが、相手を怖がらせるためではなく、迎えるためにそこにいる神様
- 自分から名乗らないので、最初は誤解されることもある
- 役目をきちんと果たし、果たし終えると静かに帰る
- 別の神様(アメノウズメ)と結ばれ、共に暮らす
「異形だが、内側はやさしい」「黙って役目を果たす」というキャラクターは、物語の中でも印象に残ります。見た目で判断されることの多い神様が、実は道を示してくれる存在だった、という構造が、サルタヒコの物語の核です。
他の神様との関係
サルタヒコに近い神様を挙げます。
- アメノウズメ(妻)— 岩戸で踊った神様。地上でサルタヒコを迎え、共に暮らすことになる
- ニニギ— 案内した相手。天から降りてきた神様
このふたつの関係が、サルタヒコの物語の中心にあります。
また、後の時代の信仰の中で、サルタヒコは庚申(こうしん)信仰や道祖神とも結びつきました。村の入口や辻に立つ古い石仏や石碑の中には、サルタヒコの姿を写したものもあります。
今、サルタヒコに会える場所
代表的な神社を挙げます。
- 猿田彦神社(三重・伊勢)— サルタヒコ信仰の中心。伊勢神宮の近くに静かに立つ
- 椿大神社(つばきおおかみやしろ)(三重・鈴鹿)— 全国の猿田彦神社の総本宮を称する
- 白鬚神社(滋賀)— 湖の中に立つ鳥居で知られる
- 各地の猿田彦神社、道祖神、辻の地蔵
伊勢神宮を訪れたとき、内宮の近くにある猿田彦神社にも足を伸ばせます。伊勢神宮の大きさとは違う、こぢんまりした境内の落ち着きがある場所です。
参拝のしかたは、ほかの神社と同じです。神社全般のふるまいについては、神社の参り方を合わせて読めます。
おわりに
サルタヒコは、道の真ん中に立っているように見えて、実はその先を示してくれる神様です。
旅の始まりや、新しい場所に向かうとき、辻の祠や猿田彦神社の鳥居が目に入ったら、ちょっと足を止めて手を合わせてみる——その小さな間が、サルタヒコの神様らしさに、いちばん近い参り方かもしれません。