夏の祇園祭の山鉾、出雲の神話、そして全国に広がる氷川神社や津島神社の鳥居。これらの背景には、ひとりの神様がいます。
スサノオ(須佐之男命/素戔嗚尊)です。
姉のアマテラスを困らせた弟、として登場する一方で、地上に降りてからは英雄として描かれる神様です。その振れ幅の大きさが、スサノオを面白い存在にしています。
どんな神様か
スサノオは、男神として描かれる神様です。古事記と日本書紀のどちらでも、アマテラスとツクヨミと並ぶ「三貴子」のひとりとして登場します。
司るとされてきたものは、海、嵐、力強さ、そして地上に降りてからは疫病除けや厄災を退ける守りです。京都の祇園祭が今でも夏に行われているのは、もともと疫病を鎮める神としてのスサノオへの祈りと深く結びついています。
ひとことで言える神様ではありません。乱暴さと優しさ、どちらも持つ神様です。
古事記の中のスサノオ
古事記のスサノオは、最初に登場する場面では泣いてばかりいる神様です。
父イザナギから海を治めるよう命じられたのに、亡くなった母(イザナミ)に会いたいと言って泣き続け、山の木を枯らし、川や海を干上がらせるほどでした。怒ったイザナギにより、地上界からも追放されます。
天上へ姉のアマテラスに別れを告げに行ったところで、有名な乱暴の場面が起こります。田を荒らし、神聖な場所を汚し、ついには馬を機織りの場に投げ込む——その結果、姉が岩戸に隠れることになります(アマテラスの記事で詳しく書いています)。
そして地上に追放された後、出雲の地で、スサノオの物語は大きく変わります。
八岐大蛇の話
出雲に降りたスサノオは、川の上流で泣いているひとつの家族に出会います。
老夫婦と、一人残った娘——クシナダヒメ。
彼らには八人の娘がいましたが、毎年現れる八岐大蛇(やまたのおろち)に一人ずつ食べられ、最後にクシナダヒメだけが残されていた、というのです。
スサノオは、クシナダヒメを助けることを申し出ます。条件はひとつ、彼女を妻にすること。
策はこうでした。強い酒を八つの桶に用意し、八岐大蛇を酔わせて眠らせる。眠ったところを剣で切る——そして、その尾の中から名剣が出てきた、というのが古事記の物語です。
天上界で姉を傷つけた同じ神様が、地上では人を助け、怪物を退け、家族を作って暮らし始める。同じ神様の中に、ふたつの面が同居しています。
なお日本書紀では、八岐大蛇の場面の細部や、出雲に降りる前の経緯がいくつかの異伝として並べて記されています。古事記版だけが「正しい」物語ではなく、長い時代の中で語り継がれた複数の話が残っている、ということが、ふたつの書物を並べると見えてきます。
物語から読める人柄
スサノオの人柄は、ひとつの言葉では収まりません。
- 母を恋しがって泣き続ける、感情の強い神様
- 姉のところで乱暴を働く、抑えのきかなさ
- 地上で家族を助け、怪物を退ける英雄性
- クシナダヒメを守り、出雲に住む、家庭的な一面
「ひどい弟」だけでも「英雄」だけでもありません。失敗もすれば、それを引きずって地上で別の人生を始める神様です。
他の神様との関係
スサノオは、関わる神様の多い神様です。
- アマテラス(姉)— 天上での衝突。詳しくはアマテラスの記事で
- クシナダヒメ(妻)— 出雲で結ばれた相手
- オオクニヌシ(子孫)— 出雲で生まれた一族の延長線上にいる神様
特にオオクニヌシとの繋がりは、出雲の物語を読むうえで大事です。スサノオの物語は、出雲を舞台にした神話群の入口にもなっています。
今、スサノオに会える場所
スサノオを祀る神社は、全国にたくさんあります。代表的なものをいくつか挙げます。
- 八坂神社(京都・祇園)— 祇園祭の中心
- 氷川神社(埼玉、東京周辺に多数)— 関東に広く分布
- 津島神社(愛知)— 「津島の天王さん」として親しまれる
- 熊野那智大社などの熊野系の神社
- 出雲一帯の古い神社
夏祭りの背景に「天王」「祇園」「氷川」といった名前がある場合、その地域の祭礼はスサノオと深く結びついていることが多いです。
参拝のしかたそのものは、他の神社と変わりません。神社でのふるまいについては、神社の参り方も合わせて読めます。
おわりに
スサノオは、天上で姉を傷つけ、地上で人を助けた神様です。失敗も英雄性も、どちらもひとつの神様の中に残されています。
夏の祭りの賑わいの奥にいるのも、出雲の神話の入口にいるのも、同じスサノオです。