九州の霧島連山、薩摩半島の笠沙の岬——古事記の中の「天から地上へ降りる場面」の舞台になった土地です。
その地に降りてきた神様が、ニニギ(邇邇芸命/瓊瓊杵尊)です。
天上の神々から地上を任され、稲穂を持って降りてきた——という、神話の中でも大きな転換点を担う神様です。ただ、古事記の中の彼は、最初から立派な君主、というわけではありません。若くて、選択を間違える場面もある神様として描かれています。
どんな神様か
ニニギは、男神として描かれる神様です。
アマテラスの孫にあたります。司るとされてきたのは、稲作、地上の豊かさ、そして天と地のつながり。アマテラスから稲穂を授かり、地上に降りてきた神様、というのが古事記の中での位置づけです。
「天孫降臨」と呼ばれる神話の主人公ですが、この記事ではその物語を「地上の暮らしと稲作の始まり」の物語として読みます。
地上に降りる
アマテラスは、地上の国を治めるために、自分の子孫を降ろすことを決めます。最初は別の神様を降ろすつもりでしたが、いろいろな経緯の中で、最終的に孫のニニギが選ばれます。
ニニギは、稲穂と、三種の宝(鏡・剣・玉)を持って、地上へ向かいます。
その途中で、道の真ん中に、見慣れない大きな神様が立ち塞がっているのを見つけます。サルタヒコです。
ニニギ一行が困っていると、アメノウズメ(岩戸の場面で踊った神様)が前に進み出て、相手の正体を確かめます。サルタヒコは、地上で道を案内するために来た神様だと名乗ります。
そして、サルタヒコの案内で、ニニギたちは九州の高千穂の地に降り立ちます。
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメ
地上に降りたニニギは、笠沙の岬で美しい娘に出会います。コノハナサクヤヒメです。
父親のオオヤマツミに結婚を申し込むと、オオヤマツミは喜んで、姉のイワナガヒメと一緒に嫁がせます。
ところが、ニニギは姉のイワナガヒメを見て「醜い」と感じ、父のもとに送り返してしまいます。コノハナサクヤヒメだけを妻として受け入れた、ということです。
オオヤマシツミは、嘆いて告げます。
姉妹を共に嫁がせたのは、「岩のように長く揺るがない命」と「花のように咲く美しさ」、両方をニニギの子孫に与えるためだった。けれども、姉を送り返したことで、その子孫は、花のように咲いてもやがて散る命を持つようになった——と。
人の寿命の有限さの由来として、古事記が記している物語です。
物語から読める人柄
ニニギの人柄として、物語の中に残されているのは、次のような姿です。
- 天から地上へ降りる、新しい役目を引き受ける若い神様
- 道を阻む者には怯えるが、案内する者の手を借りて進む素直さ
- 一方で、見た目で姉妹を選び分けてしまうという、若さゆえの選び損ない
- その結果、自分の子孫に有限な命を背負わせてしまう
完璧な君主としてではなく、選び損ないが残る神様として古事記は描いています。「人の寿命がなぜ有限なのか」を、ニニギの判断のうえに置いているのは、神様を聖人として描かない神話のあり方の表れでもあります。
なお日本書紀では、降臨の経緯や、サルタヒコとの出会い、姉妹との物語にいくつかの異伝が並べて記されています。古事記と日本書紀でニュアンスが少しずつ違うのも、この神様のおもしろさのひとつです。
他の神様との関係
ニニギに近い神様を挙げます。
- アマテラス(祖母)— 稲穂を授け、地上に降ろした神様
- コノハナサクヤヒメ(妻)— 笠沙で出会った美しい女神
- イワナガヒメ(送り返した姉)— 永続の力を持つはずだった姉
- サルタヒコ(道案内をしてくれた地上の神)
- ホデリ・ホスセリ・ホオリ(子)— 火の中で生まれた三人の子
コノハナサクヤヒメとの物語と、サルタヒコとの出会いは、それぞれ別の記事でも書いています。ニニギを真ん中に置くと、彼の左右にいる神様たちの物語が、線でつながっていく感覚があります。
今、ニニギに会える場所
代表的な神社を挙げます。
- 霧島神宮(鹿児島)— 高千穂の地に立つ、ニニギを祀る代表的な神社
- 高千穂神社(宮崎)— 「高千穂」の名を持つもうひとつの聖地
- 新田神社(鹿児島)— ニニギを祀る古い神社のひとつ
九州の南部に、ニニギゆかりの土地が集まっています。霧島の山の景色そのものが、神話の舞台と地続きで感じられる場所です。
参拝のしかたは、ほかの神社と同じです。神社全般のふるまいについては、神社の参り方を合わせて読めます。
おわりに
ニニギは、天から地上へ降りた神様であり、若さゆえに選び損なった神様でもあります。
稲穂を持って降り、コノハナサクヤヒメと結ばれ、姉を送り返す。その一連の選択のうえに、その後の人の暮らしと、有限な命が乗っている——そう読むと、霧島の景色の意味が、少し違って見えてくるかもしれません。